2010年5月2日日曜日

タマラ・ド・レンピッカ展

 美術のゼミ(担当:青山)では、ゼミ生が現在東京ならびに近県で開催中の展覧会に足を運び、その内容紹介を授業の冒頭ですることにしています。既に2010年度のゼミが始まって四回ほどたちましたが、一人の学生さんが2010年5月9日(日)まで渋谷のBunkamuraで開催中のポーランド出身の女流画家タマラ・ド・レンピッカ展を紹介してくれました。世界中の個人コレクションや美術館に散らばっているレンピッカの作品が一同に介した興味深い展覧会なので、改めてここで簡単にご紹介したいと思います。
 ポーランドの富裕な家庭に生まれたタマラ・ド・レンピッカ(1898-1980年)(写真左)は、ロシア革命を機にパリに亡命し、そこで1920年代から30年代にかけて華やかな社交界を舞台に活躍したアール・デコの画家です。今回の展覧会ではその卓抜した肖像画家としての技量、写真が新しいメディアとなった時代に自らモデルもつとめた写真の数々、今でいうところの女性のファッション誌のカバーを描いた作品、鬱病を煩ってから描いた宗教的な主題の作品から、晩年ヨーロッパから移った新大陸で描いた静物画まで、幅広い時代の代表作を網羅的に見ることができます。

 ここで最も会場で印象に残った作品を一点だけご紹介しましょう。それは下に見られる、1927年に制作された『赤いチュニカ』(ニューヨーク、キャロライン・ヒルシュ所蔵)という大きな油彩画(73×116cm)です。


レンピッカは当時の流行最先端のファッションを身につけたモダンな女性人物像を数多く描きましたが、その構図や技法の基盤の一つはイタリアの古典絵画にあります。彼女の恋人でもあったと言われるラファエラを描いたこの作品も、構図はヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノの1538年の『ウルビーノのヴィーナス像』(ウフィツィ美術館所蔵)以来、ゴヤ、マネ、モディリアーニ等によっても何度も繰り返された、横たわり、観者の方を挑発的に見る女性人物像のポーズの影響が見られます。しかし、ここにはそれまでの男性たちが描いた女性像たちとは異なり、何と堂々とした体躯の生身の女性が描かれていることでしょうか!レンピッカが1920年代に制作した肖像画の特徴として、画面の枠一杯に人物を入れて量塊性とムーヴマンを強調する表現が見られます。この作品でも灰色を基調とした背景から、たった一色、赤をまとった女性の白い肉体が画面から溢れ出してくるような迫力があり、肌の質感、布の質感が過去の巨匠たちと同様見事に描き分けられています。それにしても画家が、自分自身の性である女の肉体を堂々と礼賛している様は圧巻です。
 社交界の花としてのレンピッカが、マルレーネ・ディートリヒ(1901-1992年)のように気取った姿でポーズを取る多くの写真や映像が残されていますが、そうした彼女自身の虚飾に満ちた姿だけではなく、彼女が描いた油彩画のこの女性像の中にも、1920年代を既に真に自由に生きた、才能あふれる女性の力強い自画像が隠されているような気がします。この迫力には同性としてあっぱれ!と拍手を送りたくなりました。

A. A

0 件のコメント: